教会が初めての方へ Q&A
私が教会に来たキッカケ

私が初めて、教会へ行くという発想を持ったのは、『カラマーゾフの兄弟』『塩狩峠』『沈黙』という、三冊の本がきっかけでした。大学四年生の冬のことです。
この三冊には、作者がクリスチャンであり、また物語そのものにも神様や聖書が深く関わっているという共通点がありますが、私はこれらを誰かに勧められて読んだわけではありませんでした。お恥ずかしい話ですが、〝大学生 読むべき本〟というような組み合わせで、ネット検索したのを覚えています。内容も禄に知らずに、適当に選んだ本だったのです。
物語に引き込まれ、主人公達の生き方に魅せられて、読み終わった後の余韻に浸りながら、ふと、これらのお話が創作やファンタジーではなく、私たちが生きている現実世界について語っていることを実感しました。
彼らに会うことは出来ないけれど、彼らが信じた神様には会いに行くことが出来る。
その気付きは、私にとってとても重大なものでした。私は幼い頃から母と折り合いが悪く、自分の居場所を見失いそうになることがしばしばあったのですが、もうその度に途方に暮れる必要はなくなったのです。信仰さえあれば、人は真の意味で孤独になることはないと、聖書が教えてくれたからです。
教会へ行ってみたいと思うとき、守るべきマナーはあるのか、洗礼を受けていなくても大丈夫なのか、聖書は買うべきなのか等、不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。が、そのようなことは全く気にされなくて大丈夫です。
何せ私が教会へ行った初めてのときも、全く知識も無く、聖書も持たず、家から一番近いという理由で選んだ教会へふらっと(しかも遅刻気味に)立ち寄る、という感じでしたから。
ですが、知識や、祈りの言葉の有無に関わらず、心から神様のことを考えるとき、神様もまた私たちのことを見て下さり、そして進むべき道へ向かって背中を押して下さいます。
色々な方の助言や紹介を受けて愛媛めぐみ教会に導かれたことで、私の信仰生活はスタートしました。
学ぶことの楽しさや、人に奉仕する喜びや、神様の愛を受け入れる安息を知らなければ、私の人生は今と全く違うものになっていたと思います。想像ですが、きっと、悪い方へ。
友人や、出会ったことのない考え方や、新しい自分に出会わせて下さった神様に感謝します。アーメン!

私達夫婦は、1984年に日本同盟基督教団主催の松原湖バイブルキャンプで出会い、翌年結婚に導かれました。
それまでは違う教会に通っており、私は21才、夫は27才で洗礼を受けています。 1985年に茨城県つくば市で新生活を始め、その後、川崎市、鹿児島市、東京都昭島市と夫の仕事の都合で転居をしました。 その際、同盟教団の教会に籍を置き、信仰生活を続けておりました。
1996年に夫の仕事の都合で松山市に転居して来ましたが、その時には、同盟教団の教会は未だなく、東京で籍を置いていた教会の牧師先生より「数年後に愛媛にも教会が開拓されるから、その時は支えて欲しい」と、言われていました。
愛媛めぐみ教会が、2001年に開拓伝道を始めたのは、知りつつ、松山に来て通っていた教会を直ぐに変わる事は、気持ちが揺れ、決心して愛媛めぐみ教会の礼拝に出席したのは、数年経ってからになりました。 初めて礼拝に出席して、古巣に戻って来たような感動を覚えました。
その後、牧師先生の移動があり、現在の細谷牧師先生が来られ、会堂取得、そのお子様達や大学生達が訪れる様になり、若い力が溢れる教会に育っている事は感謝な事です。
未だ未だ小規模な教会ですが、老若男女、赤ちゃんからシニアまで、家族の様な関係の中で、共に神様を礼拝し、生活面でも祈り支え合える教会だと思っています。
「若い日にあなたの創造主を覚えよ」伝道者の書12-1
